2009年10月18日日曜日

結局社会性が、あるものが評価される

社会性とは、世の中のため、人のためになっているということ。

これは、自分の定義ですが。


交流会で、政策立案をしても、あまり意味はないことだと思う。
学術に優れているものを提供するのであれば、偏差値が高い国公立大学、私立大学、呼べば
いい話ですからね。(短絡的な考えではありますが正しいことだと思います。)

あらかじめ、準備期間を用意して、勉強会なりを開けば、別だと思いますが・・・


さて、今まで、交流会ができたこと、多数の学生の啓発と、少数の学生のワークショップ実施の機会の提供ではないだろうか?

三泊四日、あるいは、四泊五日その中でできるのは、それぐらいが限度。
啓発された学生が、何かの活動を起こすことが、社会性につながっている。
ワークショップを開いた学生が、さらにその経験を生かし、さらに羽ばたくことが、社会性につながっている。

交流会自体が、何らかの政策になっているという見方をしてもいいのだろう。



motivation&networkに特化したのは、何も特に活動していない学生が、活動している学生を見て触発されるから。
なんか、やってみようという動機づけを、他大学の学生から、得る場となった。
選考をかけないで(敷居を低くして)きた結果が、motivation&networkとなったのであろう。

選考かけないのは、仕方のないことだとも思う。
論文提出を要求したりしたら、まず、参加する学生が減ることでしょう。
参加人数が集まらなければ、運営母体もない、スタッフの財布からお金が出ることになります。
そんな、リスクは誰もかけられない。



国際学生シンポジウム、GEIL,KINGなどとの差別化が出来ている点は、先ほども出てきたが、
敷居の低さ、大学生ならだれでも参加で出来る点。

それが、仇になってきた。
しかし、その意味をもう一度問い直してもいいのではないだろうか?
motivation&networkの要因となっているところをもう一度見つめなおす。
そうすれば、交流会は、次のステップにいける。

かなりの私意見をここからは、述べます。
そんなの違うよってところは、多々あるとおもいます。

先ほどあげた、団体は、エリート養成講座。
僕らが、日本を背負っていくぞ!くらいの気負いを感じます。
それは、すごくいいことですが、なんか、現場から目をそらして、学術に特化して、政策立案を考えている気がしてならない。
官僚気質。(もちろんそうでない方々も大勢いることは、わかっています)

現場という言葉を使いましたが、何をいいたいのかというと、実態を知るということ。
実態を知らないで、議論が進んでいやしないか。


こやしの臭いを知らずに、環境対策語られてもね。
カエルも触れないで、生物多様性語るなって。

話がずれましたが、交流会は、実態を知る場に特化すれば、いいのかなって思っております。


論理の飛躍があったと思いますが、言いたいとこまで、言えたので、この辺で・・・

2009年10月17日土曜日

足元みようか!

「やる気、だけはあります」

うん。これは、いらないですね。
決まり文句のように言ってくる。
やる気以外の能力をプレゼンできるようになってから、出直してください。
「俺が、一番伸びます!!」
の方が、まだいい。

さて、批判するときに、引用を使う人がいます。
「□□先輩が言っていたように~~」
「かの有名な○○が言うように~~」

こういった言い方をするやつは、何か勘違いしている。
結局そいつの想いってのが、伝わってこない。
おそらくそのような人は、□□先輩だったら、このように言うだろう、考えるだろうと、思考しているんでしょう。
その人に意思決定をそこに頼るのはいいですが、批判にそれを持ちこまれてもね。

2009年10月13日火曜日

思考力=生命力

目まぐるしく変わるこの状況の中で
情報がありふれたこの現状で、

誰が教えてくれるのですか?

情報を他者に教えることは、出来ます。
そこから得られる情報を活用する答えの提示もできます。


しかし、その答えは、目まぐるしく変わる状況下では通用しない。

自ら考えられる思考力をつけよう。

なぜ、問題が生じるのか?

それは、自己の欲求充足のなれの果て。

自己欲求充足が、他者の害になっていることに気付かない。

志が高くても、問題は、解決しない。
直視、していないからだ。
実感できないのだ。

机上の空論に終わってしまう。

問題を分析して終わってしまう。

自分がとりまく社会にもっと目を向けよう。

問題解決は、不利益じゃない。
行動指針を明示してもらおう。

2009年10月11日日曜日

戦力は、整った。

努力して、おいしい酒を飲もう。

一人だけが頑張っているんじゃないから、いい組織。

人生は、「葛藤」だ。

人生は、「潤うことのない喉を潤す為の旅だ」

比べられるのは、物質的な欲求充足だけだ。
けど、人は自分の幸せを比べたがる。
それは、自分より不幸な人間を探してるだけだが。
そんな、ことは無意味。

視野が、広まることは、不幸だ。
自分が不幸であると感じてしまうためだ。

2009年10月7日水曜日

どんなものを作り上げますか?

さて、交流の大切さについて前回述べましたが、それを企画に落とす案が全く示されていませんでした。

その案は、今のところ一つしか浮かんでいません。
それは、いろいろなステークホルダーが、この世の中にはいるということを認識させるということ。
それは、いろいろなテーマで、設定できます。
たとえば、食。食は生産者、消費者、仲買業者などのステークホルダーがいます。
なんか、ステークホルダーって横文字使いたくないので、利害関係者に言葉を変えます。
生産者にとっては、作物を安くかつ品質はよく生産し、値段は高く売ることが理想です。
消費者にとっては、よい品質のものを、安く買うことが理想です。
仲買業者は、よい品質のものであるかは、特に関係なく、安く買い、高く売ることが理想です。

さて、消費者である立場ほとんどだと思いますが。
各、利害関係者の思惑は、普段は見えません。

普段見えない部分を見ること、考えることを通して、この社会はさまざまな、価値観を持つ者によって社会が形成されているということを認識してほしいと考えています。
食の場合、価格が、安定点あるいは、合意点を示していると言えるでしょう。しかしそこには、力関係が存在し、時に消費者は不利になります(不当な値段でも購入せざるを得ない場合)
食の例は、さまざまな、価値観というよりは異なる立場の方が適切かも知れません。

上記は、食の例について記載しましたが、さまざまな価値観を持つ者によって社会が形成されていることを知るというのは、他の視点からでも考えることができます。

たとえば、科学技術の問題。
今、私が専門に研究している例に出すと、太陽光発電。
環境に配慮した国家を目指そうという政策を立案する政治家
太陽光発電こそが、地球温暖化を食い止める手段になると考えている研究者
太陽光発電は、政策的な影響から、需要が伸びるため設置に励む施工業者。
メディアの情報で、太陽光発電が、環境に配慮したものであるので、実際に導入した消費者。

さまざま思惑が絡みます。
普段は考えないような構図が浮かび上がってきます。


「普段見えない部分を見ること、考えることを通して、この社会はさまざまな、価値観を持つ者、さまざまな立場の人間によって社会が形成されているということを認識してほしい」
この考えに立脚したもので、企画を行うということは、多種多様な視点で実現可能です。
「国際問題」、
「格差」、
「教育」、
最たるものとして、「思想」、「宗教」。
職業というテーマもいいかもしれません。
私たちが、知らない職業は数しれません。
私たちが、見えない仕事が多いのです。
近似した例をあげるとするならば、映画「おくりびと」ではないでしょうか?
あのような、普段目にすることのない職を知ることで、何か発見出来るでしょう。
死をあつかう、職の現場を見ることは、さまざまな立場の人間がいることを認識できる機会となるでしょう。


最終的にどこに向かうのか?
それぞれの各企画を行ったグループでそれぞれ平和とは、どのような状態なのかの議論をし。最終的に定義づけてほしい。
できるのならば、その定義づけた平和の状態に近づけるための何らかの政策提案をしてほしい。
平和の定義に関してですが、「理想的な状態」とします。
食に関する平和、科学技術に関する平和、宗教の平和、思想の平和。国際社会の平和。
各分野の理想状態が、浮かび上がってきます。

人は、価値観も違えば、おかれた、現状も違う。
そういった人たちが、みんな、満足した状態とは、どんなものなのか?
はたして、合意点は存在するのか?
合意点は、存在せずに必ず、誰かが不満な状態になるのか?
答えは、どの学問にもないでしょう。心理学、哲学にもこの答えはないはずです。一定の節はあるでしょうが、真理はないはずです。



さーて、そろそろ走り出そうか!

2009年10月5日月曜日

想い

誰かに思われるというのは、誰にとっても、うれしい事じゃないでしょうか?

よく、誰かの心に生き続けるということがありますが、そう思えることも、うれしい事じゃないでしょうか?

かけがえのない出会いは、他者との交流から生まれます。

そのような、出会いの場が、人生の中で、そう多くはありません。

出会いは、多いに越したことはありません。

一生の出会いを、提供したい。そう思います。

出会いを通して、何を感じてほしいか?
それは、私たちが生きるこの世の中に、こんなにも、尊い存在がいることを感じてほしい。
そして、自分自身も尊い存在であることを自覚してほしい。
自分の存在価値を認識してほしい。

自分の人生を充実したと思えるような交流会を提供したい。

宗教、思想を含む異なる価値観を持つ者同士が、互いに手をとりあうような、社会をつくるツールとして、何か、イベントを提供したい。


自分自身は、そういうイベント提供したことでみんなから愛されたいですね。