三種の神器→白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機
3C→カー、クーラー、カラーテレビ
これ持ってれば、豊かだぜい!うきうき、ワクワク!
その単純さがよかったな~。
テレビをつけ力道山見て、野球では巨人を応援し~(←東日本的考え)
日本国民の生活スタイルって、こんな感じっていう像があった時代はよかったな~。
今の日本人の生活スタイルって言われても想像できない。
朝起きて、何食ってんだろう?
どんな、テレビ見てんだ?
どんな、本読んでんだ?
わかんね~もんな~~。
こういう生活が豊かですよ~~って誰かが教えてくれた方が楽かもしれない。
豊かさの形の変化ってのをね、さまざまなアプローチから、追っていきたいなと、その上で現代を生きる僕たちは、どう生きていくべきなのかを考えたい。
まま、それは置いといて。
最近、公立の大学に行くわけですよ。
宮城大学、岩手県立大学とね。
思うことは、同じで、施設が泣いている。
設立当時の理念はどこへ行ったんだかねって。
さて、公立大学の卒論を見ていくと、共通点があることに気付きました。
それは、とりあえず、社会調査して、分析して、考察を加えて終了。
このパターンが多くの卒論で共通している。
アンケート調査して、その分析載せればページは稼げるからね。
んで最後に、その地域の特色を活かし、発展を続けていくべきだ。みたいな結論で終わる。
うん。何も起きやしないよね。これって、発表には、なるけどアウトプットではないでしょう。
アプトプットの話しに移ります。
アウトプットというと学んだことを、さらに多くの人に共有することにとどまっていやしないか。
それは、全くアウトプットでは、なくただの自己満足でしかない。
僕自身のアウトプットは、相手に何らかの作用をすること。発表して、相手になんら影響を与えていなければ、壁に話しているのと同じ、ただ発表者の理解が深まるだけです。
地域の調べ物をするんであれば、何らかの影響を与えよう。地域はただの教材ではないのだから。
アウトプットを勘違いしている人が多すぎる。
発表することが目的化してしまっている。
アウトプットは目的達成のツールであること今しがた心にとめておくべきだろう。
やはり、僕は、常体と敬体の混じった文体が好きみたいです。
ぽえ~ん(@_@;)
2010年3月21日日曜日
2010年3月15日月曜日
火達磨になる。
半年間かけて、準備してきたイベントが終わった。
いや~~忙しかったですよ。
引っ越しがあったり、ビジネスプランの発表会があったり同時並行でいろんなことしていた。
その中で、政策・情報 学生交流会の総代表を務めた。
今、気付いた。
僕は、代表というポジションが初めてだった。
さて、このブログには、約五カ月前くらいに、どんな、交流会にしたいのかを書いたわけだ。
「想い」っていう題名の日記で副代表に見せるためだけに書いたものだった。
副代表も「想い」っていう題名で、日記を書いた。
まま、簡単に交流会に対して感じる各々の想いのブレストであった。
それから、スタッフが集まり、交流会を作り上げることになる。
「想い」の日記に書いたけども、他団体との比較を僕はする。他団体と比較して、当団体はどんな社会性があるのか?って。
政策と団体名に入っているのだから、政策は少なからず関わらなければいけないよね。政策系の学部に広報しているわけだしね。
でも、特にもう政策の定義とかいう時代ではないのかなーって。
「社会をよくする」「問題を解決する」っていう漠然としたしたものでいいでしょう。まあ、これは、定義ではないけどねwww
政策ってのは辞書的な意味とかは、すでにあるけどその定義だけで語れないような時代になったのだと思う。
今までの定義だと、「各人の利益追求の結果生じる弊害の調整」になるのかな。これは、僕の定義なので鵜呑みにしないで。
利益追求の時代ではなくなってきている。
「幸せの形は人それぞれ」とか、まさにそれを言い表しているのかね。
そう思わされているっいう議論は、今はしません☆
幸せの形が決まらないと、政策の指針(そもそも、政策の意味自体が指針を含有しているけど)が決まらない。
だから、抽象ワードのオンパレードで問題解決、幸福追求が出てくるわけだ。
ここまでは、前置きで、先述したことを踏まえると、各人が充実した人生を送ることが結局は正しくなるのだと思う。
各人がよりよく生きていこうとか思うようにすることが、政策なのでないかって。
今回の交流会のコンセプトはそういう意味合いも内包している。
そう考えたときに、当団体のやっているいることは、非常に重要であると考えられる。
結局政策立案したところで、教養が深まるだけであるからね。
30回交流会は終わりましたが、これから、どのようなムーブメントが起きるのか。
各々の成長が周囲にいい影響を及ぼし、そのいい影響の輪が広がっていく。
コンセプトの根底にあるのは、各人の成長が、他者に対していい影響を与え、それが広がっていき、よりよい社会を作る。ひとりひとりの存在が政策であるということ。
おお!!長くなってる。
硬いね~。
皆さま、本当にありがとうございました。
いや~~忙しかったですよ。
引っ越しがあったり、ビジネスプランの発表会があったり同時並行でいろんなことしていた。
その中で、政策・情報 学生交流会の総代表を務めた。
今、気付いた。
僕は、代表というポジションが初めてだった。
さて、このブログには、約五カ月前くらいに、どんな、交流会にしたいのかを書いたわけだ。
「想い」っていう題名の日記で副代表に見せるためだけに書いたものだった。
副代表も「想い」っていう題名で、日記を書いた。
まま、簡単に交流会に対して感じる各々の想いのブレストであった。
それから、スタッフが集まり、交流会を作り上げることになる。
「想い」の日記に書いたけども、他団体との比較を僕はする。他団体と比較して、当団体はどんな社会性があるのか?って。
政策と団体名に入っているのだから、政策は少なからず関わらなければいけないよね。政策系の学部に広報しているわけだしね。
でも、特にもう政策の定義とかいう時代ではないのかなーって。
「社会をよくする」「問題を解決する」っていう漠然としたしたものでいいでしょう。まあ、これは、定義ではないけどねwww
政策ってのは辞書的な意味とかは、すでにあるけどその定義だけで語れないような時代になったのだと思う。
今までの定義だと、「各人の利益追求の結果生じる弊害の調整」になるのかな。これは、僕の定義なので鵜呑みにしないで。
利益追求の時代ではなくなってきている。
「幸せの形は人それぞれ」とか、まさにそれを言い表しているのかね。
そう思わされているっいう議論は、今はしません☆
幸せの形が決まらないと、政策の指針(そもそも、政策の意味自体が指針を含有しているけど)が決まらない。
だから、抽象ワードのオンパレードで問題解決、幸福追求が出てくるわけだ。
ここまでは、前置きで、先述したことを踏まえると、各人が充実した人生を送ることが結局は正しくなるのだと思う。
各人がよりよく生きていこうとか思うようにすることが、政策なのでないかって。
今回の交流会のコンセプトはそういう意味合いも内包している。
そう考えたときに、当団体のやっているいることは、非常に重要であると考えられる。
結局政策立案したところで、教養が深まるだけであるからね。
30回交流会は終わりましたが、これから、どのようなムーブメントが起きるのか。
各々の成長が周囲にいい影響を及ぼし、そのいい影響の輪が広がっていく。
コンセプトの根底にあるのは、各人の成長が、他者に対していい影響を与え、それが広がっていき、よりよい社会を作る。ひとりひとりの存在が政策であるということ。
おお!!長くなってる。
硬いね~。
皆さま、本当にありがとうございました。
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