2010年9月4日土曜日

運命は反証不可能

出会えたことは運命。

運命は反証不可能で、何が運命で何が運命でないか判断できない。
今日ラーメン食べたことは運命かもしれないし、
生涯愛する人と出会ったことが運命でないかもしれない。

それは間違いないはずなんだけど、
この人は自分で運命変えたなって思えるような人生をあゆんでいる人っているよね。
貧しい階級から最終的に天下統一とか、高等教育を受けずに最終的に一国の首相になっちゃったり(誰のことおを書いてあるかバレバレな感じが好きです)

努力。
これは運命論では語れない唯一のものなんでしょう。
運命論信者は努力するのも運命って言うんでしょうけどね。
これは運命って感じるのって非常に嬉しいことでしょう。
奇跡的なめぐり合わせを運命として、気分を盛り上げるのは素晴らしいことだと思います。
でもなんかその運命ってのが予め決められてるかのようで私は嫌いなんです。
出会ったことが運命って言うのに、今日ラーメン食ったことは運命じゃないなんてことも反証できないですから。

ここに面白さがあると思います。
反証できないけど、自分の努力で運命を導く可能性があるということだから。
何をするのも運命なんですよ、努力するのも、しないのも。
そしたら、客観的にみてこの人は自分の力で運命変えたなって思ってもらえばいいわけです。
そしたら、運命は反証不可能でも事実として運命変えたとして認識されることができる。
努力のし甲斐があるってことですね。

まあ、運命論信者は、客観的に運命を変えたと思われるような行動をしたことも運命と言い切るのでしょうが・・・

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